国土地理院が公開している3D地図の存在をご存知だろうか。
今から約40年前の1974年〜1978年の航空写真と、現在の航空写真とを比較して閲覧できるようになっているのだが、これがなかなかなかなか面白い。
特に東京湾は、40年でここまで変わっているのか、と驚いてしまう。
そこで、都市計画オタクの中の人がうんちくとともにここ40年間の変化を15枚の写真とともにセットで説明する。 
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以下、左が1974〜1978年、右が現在の航空写真だ。

▼まるで新大陸。沖合へ「移動」した羽田空港
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羽田空港自体は1931年からあったが、戦後の高度経済成長期を経て人も飛行機も大事故寸前の混雑レベルに陥った1970年代には「沖展」(沖合展開事業)が検討され始めた

1980年代から実際に埋め立てや滑走路建設が始まり、1993年に国内線第1ターミナルビル"ビッグバード"が完成(右側の写真の中央少し右)。滑走路も沖合に新設され、1970年代の写真では左上にあったターミナルは消滅した。

つまり、今の羽田空港の大半はかつては海だったことが分かる。
ちなみに、一番新しい国際線ターミナルは、右の写真でもまだ工事中だが、現在は既にオープンしている。かつては整備場だった場所だ。


▼レインボーブリッジまだありません!台場エリア
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レインボーブリッジは「封鎖できません!」どころか「まだありません」
右側の現在の写真では、中央少し上に大きな橋が掛かっているのが分かる。これが1993年に出来たレインボーブリッジだ。
レインボーブリッジが無いだけでなく、台場地区もほとんど更地なので、多分この頃に「踊る大捜査線」をやっていたら、荒涼の砂地にガンマンが立つ西部劇みたいな絵になることが予想される。

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http://ja.wikipedia.org/

「お台場」こと台場地区はもともと、1996年に開催予定だった「世界都市博」に向けて始められた巨大な臨海開発地区だった。
しかし、都市博開催間近の頃に就任した青島幸男知事が辣腕を振るい、都市博が中止に。
台場はしばらく空き地が目立ったものの、2020年東京オリンピックに向けて多くの施設が設置される予定だ。


▼東京湾内でガチの領有権争い「中央防波堤外側埋立地」
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写真は江東区のウォーターフロントである有明、豊洲や中央区勝どき、港区台場などを広く捉えている。
その下部にある赤枠で囲った地区が、江東区と大田区がもう40年も領有権争いしている「中央防波堤外側埋立地」だ。
厳密には赤枠の上の台形状の陸地も含めてだが、一時期はこの土地を巡って2区だけでなく品川区、港区、中央区までもが「領有権」を主張し、まるで東京湾が南シナ海の様相を呈していた。

ちなみに、島を2012年開通の「東京ゲートブリッジ」と、青海との地下トンネルの2ヶ所で本土とつないで「実効支配」しているのが江東区だ。

▼江東区が実効支配を強化する根拠「東京ゲートブリッジ」
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http://ja.wikipedia.org/

この事実だけ見ると大田区はかなり分が悪いが「大田区に属する羽田空港の先にあり、昔は近辺の海が羽田の漁師のノリの漁場だった」ことなどを根拠に「領有権」を主張している。



▼ただの電車置き場が丸ごと街に変わった「汐留」
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汐留(赤枠内)は、今や日本テレビや電通といったイケてる会社のイケてるリーマンが大勢働く、東京一イケてるオフィス街のひとつだ。地区内の住所の多くが「東新橋」となっている通り、地区のすぐ西側はイケてないオジサンたちが夜な夜な大勢集う飲み屋街「新橋」だ。

▼汐留の現在。中央がソフトバンク本社、右が電通本社、その間が資生堂本社だ。
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http://ja.wikipedia.org/

かつてこの場所は丸ごと「汐留貨物駅」というJRの貨物専用の駅で、赤枠内は全部その駅を利用する貨物列車などの置き場所になっていた。
しかし、1986年に汐留貨物駅自体が無くなったため、土地も再開発対象になったわけだ。
再開発は1995年から2005年頃まで続いたが、再開発が始まる前は、「バブルの城」パックスシアター・サイカ(「パックスのしわざ」のCMフレーズが懐かしいライブハウス)などが一時期あった。バブル以来、いつも最先端のナウい街。それが汐留だ。


▼ディズニーランドは更地、葛西臨海公園はまだ海
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写真右下の大きな土地がディズニーランドだ。ここは1983年開園だが、見ての通り1970年代には全くの更地である。同じネズミでもミッ○ーマウスではなく本物のネズミが走っていそうな湿地帯だ。
 
そして、川を挟んで左隣の臨海部にあるのが葛西臨海公園だ。こちらはディズニーに遅れること6年、1989年の開園なので、更地どころか海しかない。
ディズニーランドの島の左下部分には、ディズニーリゾートオフィシャルホテルであるヒルトンホテルやシェラトンホテルなどがあり、夜10時以降、島内のリア充カップルたちは島内の左下の方に移動していくことになっている

▼リア充を日々島内の左下に運ぶチューチュートレインディズニーリゾートライン
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▼みなとみらいも陸地ごと出現。横浜港は拡大。
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みなとみらいは、1960年代から計画された横浜市臨海部の巨大開発によって生まれた街だ。
実際は、計画から紆余曲折を経て、1983年から着工している。
1989年のベイブリッジ開通とともに「横浜博覧会」の会場にもなり、1993年には最近まで日本一高い高層ビルだったランドマークタワーが開業した。

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http://ja.wikipedia.org/

しかし着工した頃からのバブル景気は終わり、未だに空き地が目立っている。
近年は少しずつ企業進出が増え、日産自動車の本社ビルやカップラーメンミュージアムなどもある


▼「幕張」もまだ海だった!新大陸出現
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街ごと海から出現した感じなのは、幕張も同じだ。
右側の写真では、有名な幕張メッセ(銀色の大きな長方形の屋根)や、マリンスタジアム(その下の丸い輪のようなもの)がハッキリと見えるが、左の写真ではそれらの建物どころか陸地そのものが無い

それもそのはずで、この地区では1970年代の後半から埋め立てが始まっており、1989年に幕張メッセ、1990年に千葉マリンスタジアムが開業している。
現在は、イオンやZOZOTOWN運営のスタートトゥデイなどが本社を構えている、千葉で一番都会っぽい場所だ。

▼近くの船橋市にいるとされるふ○っしー
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▼京浜工業地帯の中心・横浜市磯子もコンビナート出現
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東京から川崎、横浜に跨る「京浜工業地帯」。その中心地のひとつが、ここ横浜市磯子の巨大石油コンビナートだ。最近は工場の夜景を眺めるのがプチブームだが、その工場夜景ファンが素晴らしい夜景の筆頭に挙げるのは大体ここらしい。
「横浜 コンビナート」で検索すると、凄い写真がたくさん出てくる

見ての通り、1970年代にはまだ更地同然だった埋立地に、巨大な石油コンビナートが出現している。これがいわゆる京浜コンビナートだ。



▼千葉港周辺も陸地が増え、巨大製鉄所が誕生
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同じく、工業地帯と言えば千葉港周辺も様変わりしている。
まず写真上側の半島状の陸地が大きく拡大しているのが分かるが、もっと大きな変化は下側の更地だった場所だ。ここは現在、島ごと製鉄大手JFEスチールの巨大な製鉄所がある。


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いかがだろうか。
こうした、40年の変化を示す楽しい航空写真の数々は、国土地理院の公式サイト内にある「3D地図」から見ることが出来る。
東京湾に限らず、皆さんの地元はどう変わったのか、見て楽しむことが出来るだろう。