太平洋戦争における「唯一の本土決戦」とも言われる沖縄戦
1945年3月から6月にかけて、民間人も容赦なく巻き添えにした本格的な地上戦が続き莫大な犠牲を出しただけでなく、戦後の日本からの分割統治や、返還後の米軍基地の残留にもつながり、2014年の今になっても沖縄に影を落としています。
そんな沖縄戦について、3行のまとめと15枚の写真で振り返ってみました。 
3行で分かる「沖縄戦」

1. 太平洋戦争最後の年、追い詰められて「本土決戦」へ。当時の県民の4割近い死者20万人を出し、那覇は9割以上が焼失した。
 
2. アメリカ軍をはじめとする連合国軍は、沖縄を本州攻撃の拠点としてだけでなく、既に奪還したフィリピン守備の拠点としても攻略したいと考えていた

3. 日本は零戦のような飛行機だけでなく、戦艦大和まで特攻に動員。学生、女性、子どもまでが戦いに参加し集団自決も。


沖縄戦の惨状を物語る15枚の写真

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沖縄に上陸するアメリカ軍。浜辺に接岸するボートの後ろには揚陸艦が、そしてその後ろには更に無数の軍艦が近付いている。

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進撃する米軍の戦車。後ろの林は、絨毯爆撃により猛火と黒煙に包まれている。

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焼け焦げたシーサーの陰で敵陣(日本軍)を窺う米兵。

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沖縄本島南部に上陸し、田畑を踏み荒らしながら進撃する連合国軍。奥の海岸には無数の揚陸艦。

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地上で銃撃戦に臨む米兵。

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避難する女性、子どもの行列。

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進撃した米軍が沖縄で設けた野営地。たくさんのテントを設営。

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沖縄戦で焼失する前の首里城近くの街並み。


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建物は大半が焼失。砲弾が降り注いだ後の雨で、地面には無数のクレーターが。

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地下壕に発煙装置を投げ込む米兵。

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米軍に捕まった女性と子どもたち。

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防空壕の中で毒をあおり集団自決するケースも相次いだ。

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鹿児島から、片道分の燃料だけを積んで「水上特攻」に向かった戦艦大和。米軍機からの攻撃を受け、火災を起こしている。

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戦艦大和は、米軍の猛攻撃の標的と成り、沖縄にたどり着くことなく大爆発、沈没した。