太平洋戦争最大の激戦地とされる、硫黄島(いおうとう)。
東京都に属するものの、場所は日本とグアムの間にあたる、絶海の孤島です。
そんな硫黄島が今どうなっているのか、また、旅行や観光に行くことは出来るのかをまとめてみました。
終戦記念日を前にまとめてきた、神風特攻隊横井庄一さんの記事に続く、戦争の記憶を振り返るまとめです。
硫黄鳥(いおうとう)とは?

0d9c4a8c1e0daeb961435f07f8845e32
現在の硫黄島の様子。手前は有名な「摺鉢山(すりばちやま)」。奥に自衛隊基地の滑走路がある。


硫黄島は、東京から1250キロ南方に離れた、小笠原諸島のほぼ南端の火山島です。位置的には本州とグアムのほぼ中間にあり、サイズは縦4km・横8kmほど。広さは東京都品川区と同じくらい、または山手線内側の1/3程度あります。

iwoutou01
 
栗林忠道中将の戦いを取り上げた「硫黄島からの手紙」などの映画で有名なとおり、太平洋戦争で最も激しく凄惨な戦いが繰り広げられました。
硫黄島は、東京大空襲などでも使用された米軍のB29が日本本土に空襲を行うための基地として有効だと考えたアメリカ側と、それを防ぎ島を死守すべきと考える日本側との激戦の場所になりました。最終的に、日本軍の硫黄島守備隊は最後まで激しく戦った末に全滅し、摺鉢山(すりばちやま)の頂上には星条旗が翻ることになりました。
この戦いでは、日米双方合わせて2万4000人以上の死者を出しています。 

3cb9b9a0
摺鉢山の頂上に星条旗を立てる米軍兵士。
この有名な写真の構図を模して、後にワシントンには戦勝記念碑が立つことになった。



今は戦争の跡がそのまま残った「無人島」に

硫黄島は今、実質的には無人島になっています。島内各所に大砲や戦車の残骸、防空壕やトーチカ(コンクリート製の陣地)といった戦争の跡、残骸が残っています。その中には日米両軍の兵士の遺骨もあり、終戦から70年近く経つ今でも毎年遺骨収集の活動が行われています。

c0015444_174742100


無人島ではあるものの、自衛隊基地は存在します。島全体が海上自衛隊の航空基地になっており、飛行機が離発着することも出来ます(その滑走路の下にも、数多くの遺骨が眠っているとされており、政府が対応を検討しています)。

現在は一年に一回、政府主催の戦没者追悼式が行われており、年によっては総理大臣も出席しています。


一般人は上陸出来ず。但し、近くを通るクルーズあり

激戦地で命を落とした兵士の方を偲び、硫黄島に旅行に行きたい…そんな風に考える人も多いようです。そうした問い合わせは常に自衛隊などにも寄せられているようですが、残念ながら硫黄島に一般人が上陸することは出来ません。上陸しているのは自衛隊員や気象観測のために訪れる気象庁職員などの政府関係者、そして年に一度の戦没者追悼式に参加する兵士の遺族などです。
そもそも島全体がまるごと自衛隊基地であること、遺骨なども多く残されていることなどが理由であるため、近い将来に解禁される可能性もあまりありません。


安倍首相の硫黄島訪問の様子(首相官邸)

しかし、硫黄島のかなり近くまで近づく方法はあります。
それが、時々設定される硫黄島をコースに含めたクルーズです。客船やフェリーに乗って、小笠原諸島とその一部である硫黄島をめぐるクルーズが催されています。
同じようなクルーズは、日本最南端の沖ノ鳥島などにも設定されており、普段自由に行けない場所に船上から近づくことが出来ます。

images
硫黄島クルーズ(参照: http://ameblo.jp/lave-d/entry-11301531910.html )
 

遺族ではないものの、硫黄島で歴史に思いを馳せて兵士を偲びたいと願う日本国民にとって、クルーズは唯一の選択肢になりそうです。